脳内の住人達

頭の中にいる自分との対話でもあり随筆でもある

上半期

あっという間。

まさにこの言葉が相応しい。

そしてまた年末に、あっという間。とでも言うんだろうな。

 

上半期を振り返ると交通事故の病院通いが終わって昨年より時間が出来た。本当に時間に縛られるのが苦痛で仕方が無かった。お陰でコントローラー握る時間が増えたんだけど、ここだけ聞くと結構ダメな方向に向かいがちだが強ちそうではない。

心のゆとりが増えて自然と視野が広がった気がする。

時間に追われてた頃は限られた時間での行動となると考えが狭くなりがちというか、本当は100を目指したいのが他にも時間を当てなくてはとなり妥協して、その妥協を決めたのに受け入れられなくて自己嫌悪に陥る悪循環だったのだが、ゆとりが増えて例え妥協しても次に繋がる可能性やら別の考えが出てきて新たなものが見える様にもなった。

 

時間も制限されてる中で身体も不調。

いくら医者に言っても施術が変わる訳もなく、同じ治療の繰り返しでいつになったらこの苦痛から逃れられるのか?そんな事ばかり考える様になって、撮影したい。編集しなきゃ。【でも病院にも】がついて回ってきて本当に何をするにも足かせが付いてる様な状況だった。

だから病院から解放されたのは本当に大きい事で自然と夫婦観でも笑顔が増えた気がする。今思えば口や行動に出ないだけで夫婦共々身も心もそれなりに疲弊しきっていたんだろう。

 

上半期の8割以上を病院に費やしてただけあって本当に清々しい気持ちでいっぱいだった。心残りと言えば完全に完治しなかった事だけ。ところが「病も気から」と言う言葉がある様に解放されてから心なしか身体も回復傾向に来ている。痛む時は痛むけどね。

それでも解放からか有意義に時間を使えてるので結果オーライなのだろう。

 

上半期を振り返ると正直悔しいし凹むこともある。撮影が満足にできなった。編集の時間も思う通りに取れなかった。そんなのは単なる言い訳で、当時思いもしなかったけど、今ならこの苦痛も撮影することが出来たはずだ。でも当時はそんな事思いもしなかったし、考えもしなかった。でもゆとりが出来てからこの様に色々と浮かぶのだから、まだ先は明るいと思う。結局は視野が狭くなったのも俺自身のせい。きっかけが事故ってだけで事故と言う事が起きてからそれに甘んじてたと言えばそれまでになるのだから。だから俺の実力でしかないって事。それを知れた今現在だけでも前に進めてるからよししないとダメなんだろう。

 

予想外の出来事は焦りを生み、その焦りはミスをも生ませ、最後には自分の首を絞める。その事を苦痛の中から知り得たのは大きな財産かも。

 

ここまでわかっているのに今日も原稿を上げたのは公開の時間からたったの5時間前の朝7時って事は一体なに示しているのだろうか?

 

暇さえあればダラダラに費やす。根本はいくら何でもすぐにはよくならないって事を自分自身理解が理解してるくせに今日も同じことを繰り返す。下半期はそれをしっかり意識して動く、とか言いながら目の前のダラダラという行為によだれをたらしながらそっちに足を向けそうなんだよな。少しはそこにも抗えるように下半期は過ごしていき、年末には「さす俺!」と大声上げれるようにしたいかな。

それを上半期過ごして思った。

 

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